許されて生きている

 

狼は生きろ、豚は死ねという言葉がありますね。弱肉強食という意味に解釈しているのですが、合ってるんでしょうか。この言葉は私の社会や自分に対する姿勢の中核をなしていました。いました、なんて言うと今は違うみたいですが、今も多分にそういう所はあります。

私は勝ち続けて生きてきました。もちろん小さな失敗は沢山あります。オムツが外れるのが周りの子より遅かった。大学附属幼稚園に落ちました。中学受験では第3志望に落ち着いたし、入学後は落ちこぼれました。友達あんまりいません。

でも、基本的に勝っています。大学附属の小学校から都内の有名難関私立に進学し、落ちこぼれたけども私大最高峰とも言われる大学に進学しました。もちろん棚ぼたではなく要所要所で努力した結果としてこれらの勝ちを得てきました。

そうなると弱肉強食思想が醸成されるのは自然のことでしょう。頑張れない弱いものは地面に這いつくばっていればいいと思います。声を上げない者の意見は無いのと同じ、声を張らない方が悪い、など。

その価値観に疑問を抱いたのはここ数年のことです。自分よりも優秀な人間に囲まれれば私は当たり前のように無能でした。しかし私の周りの優秀な人間は私を踏みつけることはせず、寧ろ手を取り背中を押し、私ができるようになるまで導いてくれさえしました。本当に優秀な人は優しいのです。

私は目に見える形ではっきりと許されて初めて、自分が今まで多くの人に許されて生きてきたことを自覚しました。みな許されて生きているのです。私もまた色々な人を多少なりとも許しながら生きていたことにもまた気付きました。人間的成長です。でも私は許しが足りないと思いました。もっと広い心で、大きな器で、生きていきたいと思います。地面に蹲っている人に立ち上がる意思があれば、手を取り、腰を掴んで引っ張り上げます。誰にも許されずに生きることが決してありえないのなら、私もまた、周囲の人を許しながら生きていかなければならないし、そうありたいと思うのです。