考えなしにノートPCを買うな

 

残暑の合間に寒さが訪れるこの頃、周りで人がばたばたと倒れている。私も台風にやられている(暑さ関係なし)。お元気ですか。

生まれてこのかた、特に理由もなくMacを使って得意顔をする人々を軽蔑してきた。

というと大げさだが、Macは一部の技術屋にとって良いPCであり他の有象無象は実際のとこをWindowsと同程度の恩恵しか受けていないと考えていた。

こういうことを考えている私は当然Winユーザーで、大学入学時にSurfaceを買った。英米文学専攻に進む予定だったのでOfficeのソフトとインターネットが使えればそれでよかった。しかし二年経って大きな問題が発生する。

私は英米文学とは似ても似つかぬ学問を専攻することになり、文学部のくせにJavaを書き、開発環境としてeclipseを使い、Photoshopで画像編集し、AccessVBAでデータベースを作り、Excelでマクロを動かす生活を強いられている。お分かりいただけただろうか、これらの用途にはSurfaceの廉価モデルはあまりにお粗末すぎた。私はタブレットとして使うでもないSurfaceを鉄の板のように持て余しながらひいこらと課題を片付けている。

この、MacをバカにするわりにWinも使いこなせない私がさらに衝撃を受けたのが先日の火曜だった。ひょんなことからMacを支給されて使うことになった。するとどうか。

速い!!!なめらか!!!!こちらの意図を察知するかのように動く!!!!!

さすがはApple製品といったところか、いやApple製品の中でも格別だと思う。Apple製品は道具の存在感を感じさせないというのが私の考えだが、その最たるものはMacだった。

しかも安い。優秀さと価格とを比べると、実質タダといって差し支えない。考えてもみてほしい。鉄の板を6万で買うのと、体の一部を10万で買うのと、一体どちらが高い買い物だろうか?

あの時10万でMacを買えばよかったとまでは、まあ、言わない。しかしなぜSurfaceにしたのだという思いは抑えられない。これは鉄の板だ。それなりに優秀で、打鍵音も悪くないが、しかし、板である。

 

Winは「優秀な道具」だが、Appleは「身体の一部」なのだ。これがいくら高くても世界中にAppleファンが存在し続ける所以だと改めて感じた。しかし、そんなApple信者の私は、先日の機種変の際はSEを買った。なんということだ、しかし金がないものは仕方がない。がんばって稼げる仕事に就くぞ。