晴天

 

5月11日、晴れ。最高気温21℃、最低気温14℃。dazzlinのノースリーブのサックスブルーのスカート、トランテアンソンデュモードのレモンイエローのカーディガン。下着はキャミソール、脚はストッキングでちょうど良い。

数日続いた雨が上がって晴れている。就活が本格的に近づいているのを感じて辛い。痩せたいのに甘いものへの欲求が断ち切れず辛い。毎日丁寧に生きたい。小松菜と厚揚げと大根のお味噌汁を飲みたいし、焼き鳥を食べたい。抹茶スイーツを飽きるまで食べたいけど、痩せたい。

 

発表会が終わった。中学生〜大学生のずっと続けている子達の踊りを見ると身が引き締まる。大人になってから始めた人の中で成長を喜んでいるのは駄目だ。たとえ届かなくても比較対象は専科クラスの子であるべきだ。もっと自分に厳しくありたい。

父方の祖母と父は発表会を見に来たものの私の顔も見ずにさっさと帰ったので白けまくった。そういう所だよ、君達。私以上に母が怒っていた。私は時間差で頭に来ている。手土産がないのは構わないとして今に至るまで感想の一つも寄越さない人は次があっても呼びません。父の感想はなんか雑だしほんと嫌。義理で来てくれてるんだかなんだか知らないけどスタジオの他の人に申し訳が立たないわ。DVDも見せません。写真は実費払ってください。受け取った心遣いしか返せないのでこれ以上はできません。余裕がないもので。

一事が万事生まれた時からこうなので(ちょっと雑にまとめすぎだけど詳しく書きたくない)自立して収入を持っても恩返しする相手が母と母方親族しかいないのでめっちゃ楽だぞ!と思うことにしている。というか私をこの世に生み出した責任として住居と一定の食事を保証してくれる人と考えれば腹も立たないので向こうも中途半端に構ってくるのはやめてほしい。

 

GWは青森に帰省。片道800kmは嘘だろ?って感じだけど新幹線代+レンタカー代と高速代+ガソリン代を比べたらこれは高速道路を選ぶのは自明である。というのが半分で残り半分はママの走り屋魂を慰め私が高速道路の練習をするためだった。あと私は新幹線でも酔うけどママの運転だと酔わない。

祖父の一周忌だった。親戚一同集まって近況報告や世間話をして笑っておいしい懐石を食べていたのにお持たせの熨斗が薄墨で書いてあってはっとさせられた。おじいちゃんが生きててくれれば懐石や高級なお菓子なんてなに一ついらなかったし畑の隅で採りたてのトマトを洗って食べてるのが一番幸せなのだ。採りたてのトマトはぬるくて味が濃いということを知っている人が一体どれだけいるか?

おばあちゃんが従兄を引き合いに出して国家公務員をゴリ押ししてくるのが不快で不快でしょうがなかった。次に帰省するときには話題の中心にならないようにしたい。というかきっぱり拒絶したらだめなんだろうか。だめなんだろうなあ。おじいちゃんのために帰省はしなきゃいけない。それは別に、いいんだけどね。お金を出して愛してくれるってだけじゃ我慢できないことって意外とある。おばあちゃんだからまだ耐えられるけど、あれが母親だったら絶対にグレるか発狂するかしてると言ったら母は笑っていた。喧嘩してクソババアと叫んだこともあるらしい。気持ちはわかる。これ以上ないくらい大切にされているのは分かっているけど、それでも、愛が重圧になることがあるのだ。これは許してほしい。どうして一人で誰に向けるでもなく謝り続けなければいけないんだろう。

 

おじいちゃんは私の成人式前撮り写真は見てくれたけど成人してから初めて会った時には酸素マスクに繋がれていたし亡くなった時に私の運転免許証は影も形もなかった。私はどんどん大人になっていくのにおじいちゃんはうんともすんとも言わないまま額縁の向こうで笑ったままである。私の運転で迎えに行ったらどんな顔をしたんだろう?もうすぐおじいちゃんが亡くなって一年が経つ。

ちなみにおじいちゃんは若い頃無免許運転だった。60年も前なのでよくあることだったらしいが、まあ、どちらにせよ時効でしょう。酸素マスクに繋がれて初めて白状したのでママも知らなかったというのだから驚く。免許を取ってからはクラウンに乗っていてよく130km/hとか出して青森から埼玉まで車を走らせていたとか。そして母はあわや免停すれすれの所までスピード違反したスピードスターである。果たして走り屋という性質は遺伝するのだろうか。