トラブルレポート

 

ここ一週間近くずっと憂鬱な気分が続いている。朝起きた瞬間から食べている時も歩いている時もバイトしている時も肋骨全体を太いゴムバンドで絞めつけられているような感じがする。空気が薄い。私の周りだけ酸素の濃度が4%くらいしかないんじゃないかという気すらする。

 

たぶん憂鬱な気分の一番の原因は教習所の卒業が近づいていることだ。免許センターに行ける日はもう少し先だけど。卒業してしまうともう補助ブレーキを踏んでくれる人は誰もいなくて、自分が一人のドライバーになることが怖い。

今までずっと運転には自信があった。たぶん適性があったし飲み込みも早かったし指導員の質も高かったんだと思う。指導員のアドバイスより一拍早く行動を起こすこともままあった。指導員の指導を疎ましく思う瞬間もまあ、あった。それでも、どんなに高圧的な指導員でも、隣に乗っていてもらってどこかで安心していたんだと思う。本当に誰にも補助ブレーキを踏まれないのかと思うと(実際はめったに補助ブレーキなんて踏まれていなかったのに)怖くて、つらい。卒業検定に落ちることよりも受かることの方が100万倍怖い。

 

あともう一つはバレエだ。最近分かったのだけど私はずっと小学校の頃をやり直したくて、あわよくば続きをしたくてバレエに戻っていた。私の目の前の道は小学校の頃と同じく、何もなく、ただ刹那的に目先のバレエを楽しんでいる。問題なのは小学生の頃と同じようにはいかないこと、自分がもう小学生ではないことを随所で思い知らされることだ。しかも私には時間がない。もうタイムリミットがすぐそこまで迫っているかもしれない。

大人のバレエだからとおしゃれなヨガくらいの感覚でバレエを楽しめたらきっと楽だ。周りからは私もそう見えるに違いないけど私の中では絶対にそうじゃなくて怒られて褒められて劣等感を抱いたりしながらも一つのステージにたどり着く、スポットを浴びる、そういったことがたぶん心の底から好きなのだ。

バレエに未来が見えないからといってやめるべきではないと思う。なんにせよ私はどうしようもないくらいバレエが好きで、幸か不幸かその気持ちに真正面から向き合うことができているのだから、できるうちに全力で取り組んだらいいと思う。苦しくても、つらくても、そんなに好きならやったらいいじゃない。そんなに好きなものに出会えたならわざわざ手放すことないじゃない。そうだ。もう一度逃げることだけはしないと誓って再開したのだから、自分の意思で手放す時は世界中の誰に向かっても胸を張って言える理由で手放すのだ。

今はまだ苦しむ時だ。ずっと苦しいままかもしれない、何も得られないかもしれないそれでも、まだ止める理由がない。だからまだしがみつかなければいけないと思う。

 

たぶん苦痛を知覚することがなければどんな痛みにも耐えられる。というか、それは痛みではないのかもしれないけど。傷が見えなければないのと一緒なのと同じように。傷に気付いた時に痛みを感じてしまったことを嘆くか傷に気付くことができたことを何かに生かすのかは自分次第だ。ただ痛がるだけの人にはなりたくない。なってはいけない。知ったことを何かの役に立てる、それは責任のようなものだとも思う。

 

まず今一つだけ願いが叶うなら卒業検定に落ちてしまいたい。