poco a poco

 

2月19日、月曜日、たぶん晴れ。部屋の中は暖かい。

今日が何日で、何曜日なのか、意識しないと分からない。日々がゆっくりとしかし確かな速度を持って滑らかな霧のように私をすり抜けていく。私の一日はカレンダーにプロットされた全体の中の一つではなく、体重の増減やフェイスラインの変化、進んでいく自動車教習といった極めて狭い範囲の変遷と比較で認知されている。時間を相対的にしか見ることができない。ふと気付けば何もかも手遅れになるようにできている。

私よりも彼氏の方が私のブログに詳しい。書いた覚えのないことをよく言われる。私が忘れっぽいのか、彼がサトリのような妖怪なのかは分からない。

最近バレエやめたいと思う瞬間が出てきた。どんな瞬間なのかはうまく思い出せないけど、とにかくどうしようもなくできないことに遭遇するとやめたいと思う。ただ一瞬そう思うだけですぐ消えるのでただの嫌だという感情と同じようなものだと思う。むしろ良い傾向だと思う。できないことが悔しい程度には向き合えている。

レッスンの最中にTシャツとショートパンツを身につけるのをやめたら先生が厳しくなった。嬉しい。なんとなく前よりも私が本気になったと思ってくれているような感じがする。頑張ってるねと言ってもらえて嬉しかった。この先どうなるかは分からないけれど今バレエを習えている幸せだけは決して忘れない。

私は褒められて伸びるタイプだろうか。須藤先生はとても厳しい先生だったような気がする。恥ずかしながらもう記憶が曖昧になっている。須藤先生に褒められると嬉しかったがあれは飴と鞭でありDVや洗脳の方法に近いものがあったと思う。少なくとも私は須藤先生が好きだった。暗唱を一回するごとに脳の神経や血管を一つ一つ切っていくような心持ちがした。きっとその神経は羞恥心を伝える働きをしていた。その血管には甘えたぬるい血液が流れていた。そういったこれまでの自分を形成していたもの一つずつ捨てて受験勉強に身を捧げた。あれは不可逆性の変化だと思う。もう私は大学受験をする前の私とは決定的に違う。そういうわけで、私は今でも須藤先生が好きだ。今の私はそういう風に作られているので、これはどうしようもない。許してほしい。(これもまたDV被害者みたいだ。私はまだ洗脳の中にいるのかもしれない。上等だ。)

忘れていないことも沢山ある。御茶ノ水の真っ暗な道、池袋の冷たい空気。あの焦がれるように熱い日々を懐かしく、愛おしく思う。忘れられるわけがない。大好きだ。一生懸命になることは本当に気持ちいい。頭の中がクリアーだった。あれから丸2年が経つ。私は私の人生をどこへ運んでいくんだろう。あの頃私を助けてくれた人たちとまた会えたらいいと思う。もう大日本帝国憲法をそらんじることはできないし、アンチテーゼを日本語訳できないし、英検1級だって落ちるけれど、彼らに胸を張れる自分でありたい。大学名を自慢にしなくちゃいけないようなつまらない人間にだけはならない。

月収100万(額面)くらいほしい。