氷の世界

すべてが凍りついている。
ここは氷河期が到来してゆうに百年は経った世界だ。海は凍りつき、時折何かの拍子で砕けた氷の塊が零度の海をさ迷う。
氷河期が来ることは数百年も前から分かっていたそうだ。しかし政治家や民衆、実業家達は、何の手立てもできないままでいた。先立つ経済的な不況が、人々から思考力を奪っていた。唯一、科学者たちは必死の研究を続けたが、どのみち氷河期の到来を阻止することは出来なかった。
「ママ、ママ、今日のおやつはなあに」
「かき氷よ。すきなソースでお食べ」
「嫌だぁぁぁぁ僕かき氷は嫌だよぉぉお汁粉が食べたいよぉぉぉ」
「我慢しなさい、小豆はとても貴重なの。次に配給で回ってくるのは五年後よ」
人々は防寒機能だけ完璧な集合住宅の中で暮らしていた。食料は配給制で、赤道付近の地下深くにある栽培所や工場でロボットによって育てられた野菜や肉やその加工食品は配給制で各家庭に配られる。おおよそ氷河期が到来する前に存在していた全ての種類の食物を生産することができたが、量は限られており、主食は必要とされる栄養素を含んだだけの合成穀物バーだった。そして、小さい子供のいる家庭には、色のついた砂糖シロップが支給された。
「私もこうして、おやつがかき氷と聞くとよく泣いたものだわ。たまに出てくるお汁粉やドーナツが、どんなに嬉しかったことか。私だって、毎日違うおやつを出してあげたいわ。そうだ、あのうなぎの蒲焼きというお菓子は、たかし君まだ食べたことなかったわね」
「うなぎの蒲焼き?」
「そう。うなぎというのはお魚の種類よ。といっても、「うなぎの蒲焼き」にはうなぎは使われていないんだけどね」
「何それ、変なの。でも、食べてみたいなあ」
「半年後に選択支給よ。マシュマロとうなぎの蒲焼き、どちらが良い?」
「マシュマロを浮かべたココアが飲みたい」
たかしは目をキラキラと輝かせた。
ママはそっと首を振る。
「カカオパウダーの配給はずうっと先よ」
毎日、同じことの繰り返しだった。同じ味の穀物バーに、申し訳程度の味付けをして、少しのおかずと共に腹に入れる。家から出ることはなく、子供はVRで教育を受ける。家族全員でVR遊園地やVR映画に行くこともできる。
VRがあれば、何でもできた。しかし、何も出来ないのと同じだった。人々はただ、生きるためだけに生きている。


という夢を見た。

 

怖くない夢、あるいは本当の怖い話

日本の夏は暑い。

まだ気温が30℃を超えない五月下旬でも、湿気を含んでじっとりと重くなった空気が体に纏わりついて、嫌な汗が吹き出す。運動した時の玉のような、心なし爽やかな汗とは違う、ねっとりとした汗。

三田キャンパスの入り口は複数あるが、どこから入るにせよ、階段を登らなければ入らない。これは塾生、塾員は世間の凡百より上に立つという福澤諭吉先生のお考えによるもの、ではない。単純に地形の問題である。しかし、田町駅に降り立ち、アスファルトとビルの照り返しで容赦ない陽射しを浴び、階段で息を切らし、中庭で遮られることのない陽射しを浴びるのはまた辛いものがある。

キャンパスにひと気はない。常日頃から三田キャンパスは日吉キャンパスに比べて人が少ないが、今日に至ってはまったくと言ってよいほど人がいない。原因は明白である。今日が土曜日だからだ。人のいない中庭はミニチュア模型のように現実感がなく、暑さで溶けかけている脳みそと陽炎が相まって、視界が訳のわからないものにどろどろと変質していくようだった。

中庭を通り抜け、第一校舎と図書館旧館――国の重要文化財に指定されている――の間を通り、その裏にある研究室塔に向かう。普段は足を踏み入れることのない、どこか浮世離れした場所。いつ入っても冷たい空気に満ちており、静かで、かびくさく、立てた音と一緒にこちらの生気まで吸い込まれていくような嫌な場所である。

私は情報メディア基礎Ⅱの課題を提出しなければならなかった。木曜に出題され、土曜が提出締切なのだが、今週の木曜と金曜は目が回るほど忙しく、課題にまで手が回らなかったのだ。

ここへ来るまでにかいた汗、浪費した体力、往復3時間弱になる通学時間のことはこの際忘れることにする。私の心の中は、研究室塔の陰鬱な雰囲気とは反対に、南校舎のカフェテリアのように温かいキラキラとした安堵の光で満ちていた。どんな授業においても課題から解放されるというのはこの上なく嬉しいことだ――たとえ、一週間も経たないうちに別の課題を課されることになるとしても。

エレベータで三階へと上がり、リノリウムの床を歩く。キュッキュッと自分の足音がするのが申し訳なくなるほど静かな廊下を進み、目当ての研究室に辿り着いた。最後は小走りで部屋に入り、ボックスに課題を投げ入れた。かさっ、と紙の擦れるこの音が、私にとっては福音にも等しい、解放の鐘であることを、他の誰が知っているだろう。私は解放されたのだ。

あとは研究室に背を向けて、家に帰るだけだ。私はまたリノリウムの床を歩く。心なし、先程よりも廊下が暗い気がした。5m先すらおぼつかず、廊下の終わりが見えない。空気はさらに冷たく、重く、せっかく引いた汗がまたじっとりと背中を濡らす。歩いても歩いても、廊下の終わりが近付いていると思えなかった。それどころか、自分のそばの景色すら、後ろへ流れていくスピードが異様にのろくさく、空気のみならず全体が停滞しているようだった。

――早くここから出たい。

ふとそんなことを思った。研究室塔はいつもかびくさく、ひんやりとした空気に包まれていて、不気味で、長居したい場所ではなかった。気付くと私は走っていた。靴の裏のゴムと床が擦れる音が響く。冷え切った空気が肺を刺す。ここは、こんなに寒い場所だっただろうか。走り始めてもう何分経ったか、考える力もなくなっていた。手足の感覚は、既になかった。

暫くして、私は自分の足音の他に、もう一つ足音がすることに気付いた。ヒールが床を蹴るカツンカツンという音。そしてそれは、ゆっくりとこちらへ近付いていた。

私はもはやドライアイスの煙のように冷たい廊下をひたすら走った。全身が余すところなく痛かったが、それでも足だけは止めなかった。どれだけ走っても、足音との距離は広がらなかった。しかしもう限界であった。堪えきれずに咳き込むと、押さえた手の平に赤黒い血がぺっとりとついた。そのままがっくりと膝をつく。息切れと冷えでぼんやりとした頭で、もう、どうなってもいいと思った。もう走れない。そういえば、此処へは何をしに来ていたのだっけ。

足音が、すぐ後ろにまで来ていた。背中が凍るように寒かったのに、汗が止まらなかった。そして、「それ」は軽く私の肩を叩き、私の名前を呼んだ。

「柿生さん」

私はゆっくりと振り返り、「それ」を見た。その声には聞き覚えがあった。「それ」――否、「彼女」は、紛れもなく、情報メディア基礎Ⅱの担当教授である池山みぞのであった。

「は、い」

ずっと走っていたせいで喉がからからで、掠れた声で返事して私は咳き込んだ。えずく私を慈愛に満ちた目で見ながら、池山は至極穏やかな声で言った。

「問3の答えが間違っています。やり直して、今日中に再提出してください」

嫌だ、嫌だ、嫌だ――そう喚いたのは、心の中だっただろうか、それとも口に出していたのか。どちらであったかは、知るよしもなかった。すぐに池山も、冷たく暗い廊下も消え去り、気付けば私は自室のベッドの上に寝ていた。

「全て夢だったのか」

あの暗くて冷たい、終わりのない研究室塔も、異様に足の速い池山も。

――いや、待て。

今日はよく晴れた土曜日だ。そして、私は、今日が提出期限の課題を、研究室に提出に行かなければならなかった。

2ヶ月ぶりの美容院

ブログを書くことにしました。

というのも、私は中学生の頃はブログを書くのが大好きで、毎日欠かさず更新していたんですね。マメの権化か。そのあと時代の流れ沿ってツイッターに移行しましたが、毎分欠かさず更新していました。ダメ人間の権化という言葉がこれほど似合う人間もそう居ないでしょう。

ということで、4年ぶりにブログを書くことにします。本当は4年ぶりではないんですが、リアルな知り合いに見られることを想定した、嘘でもないブログは4年ぶりということでひとつ。

 

今日は実に2ヶ月ぶりに、美容院に行ってきました。

というのも明日お茶会がありまして、それも裏方でめちゃめちゃ働かされるので、何か起爆剤が欲しかったのと普通に髪の毛が多かったので量を減らして欲しかった。

結論から言えば、私はもう少し自分の要望を伝えるべきだった。美容師さんはエスパーではない。何なら前回のカット後の写真を見せるべきだったし、自分の髪がはねやすいことも再度伝えるべきだった。

ただトリートメントはやはり偉大ですね。髪がツルツルになる。素晴らしいですね。これを毎月やれる財力…はありますが、時間が無いのが悲しい。全て図●館・●報学とかいう専攻が悪いのだと思います。図●情への恨みはまた別のエントリで書くとして、美容院の話に戻ると、マッサージも気持ちよかった。耳を触られるのが異様にくすぐったくて、笑いを噛み殺すために唇を噛んでいたら血の味がしてきておいしかったです。

そういうわけで明日の私は髪がサラサラツルツルかもしれない。雨風が強かったらそうでもないかもしれない。明日はお茶会です。ストッキングを穿きたくないからパンツスーツで行くよ。

 

まっちゃね〜!(まったね〜!)