布団大好き!

日記や所感など

お日記

本日のBGM


Beauty and the Beast Piano Collection for RELAXING and Studying (Piano Covered by kno)

 

もうすっかり夏の気候なのに、突然涼しくなったかと思えば蒸し暑くなったりで困っちゃう。

 

一度も入社しないまま4月に研修が始まって3か月。最初の1か月は前の職場がひたすら懐かしくて恋しくてめちゃくちゃ病んでたような記憶がある。ような、と言ったら怒られるかな。「ちょっと本当に心配になるレベルだった」と何人もの友人に言われたので、傍目から見て様子がおかしい程度には落ち込んでいました。

5月くらいから徐々にだけど会社に慣れてきて、研修も楽しくなってきて、仲のいい同期もできて。6月に部署の研修がスタートしてからは完全にそれの勉強が楽しくてしょうがなくなって受験生並に勉強する生活になりました。勉強ちゃんとやってるってすごい偉いなあ。

あと、そうですね、家事もけっこうちゃんとやっています。おおよそ料理以外の70%はワイがやっている気がする(料理は母親100%。頭上がらん。)。なんなら排水溝の掃除とかもする。家にいるんだから家事しろっていう家族の目線がしんどいし、家事ごときで指図されるのがかなり嫌なので、言われる前にやっちゃう。一人暮らしだったらもっと家事の手を抜けるけど、母親の作った飯という有難いマテリアルを享受できないので痛し痒しですね。でも「家にいるんだから家事しろ」っておかしくない?家にいるけど普通に仕事してるんだよな。私が家事するのは全然構わないどころか当然のことだと思ってるけど、妥当なロジックは「仕事していようと家事はしよう」じゃないのかな。知らんけど。どうでもいいけど。

 

なるほど理想的な在宅勤務新社会人じゃん?

 

まっとうに新入社員やって、まっとうに家族の一員をやるとどうなるか?というと、毎日お腹OR頭(XORではない点に注目して)が痛いとか吐き気がするとかそういう体調不良を抱えることになって、ある日布団から完全に起き上がれなくなりました。頭は痛いし吐き気はすごいし、いっそ息の根を止めてくれ、みたいな状態になっちゃって、死ぬかと思った。

これあまり知られてないけど私は別に体力に恵まれてるわけじゃないんだよね。アドレナリン出すのが上手いだけで。

アドレナリンの力で規定値1.2倍くらいの出力してると、無理して出した0.2の部分が徐々に何かを削ってって、いきなり倒れちゃうんだなってすごい学びでした。先輩とか上司とか色んな人に心配かけて、幸い誰にも迷惑はかけなかったけど、考え方を少し変えないといけない、と思いました。このままではもっと体力が落ちた20代後半でもっと派手に心身やられちゃうかもしれないと思った。

 

ていうか今書いてて思ったけど、去年の8月も卒論とバイトと帰省で頭も体も心もフル稼働させてたら後半2週間寝込んだから何も初めての体験じゃないんだよな。何が「すごい学びでした」だ、お前どうせ今回も何も学んでないんじゃないか、と突っ込みたくなっちゃう。

とはいえ、もう苦しいのは嫌だ。

 

そんなこんなで、今日で一区切りついて、明日からまた新しいことが始まります。がんばるぞ。

Learn as Breathe

情動が揮発性なので、ほとんどのことは基本的にすぐどうでもよくなるし、自分の日記とか読み直しても「へえ、こんなこと思ってたんだ。面白いな」と他人事みたいな感想を抱いてしまう。だから私は誰得みたいなエントリを不定期に生んでいる。いつか振り返った時に面白いからね。

 

今日は学ぶことについて最近思ったことを書きます。

学びは形態も目的も様々あって、色んな人が色んな意味でこの言葉を使っているけれど、私は今日この言葉を少し広い意味で使っていると思います。

たとえば、レポートやニュース記事を読んだり、あるいは教材を使って勉強したりすることはわかりやすく「学び」です。学生の頃からそれはずっとみんなと同じように(同程度以下?)やってきていたし、仕事柄それはこれからもずっとしていかなければいけないと思います、今度は人並み以上に。ぴえんぱおん。

けれど、学びってそれだけじゃないですよね。何気なく日常を過ごして、あるいは研修を受けたり業務にあたったりして、人の営みを見ていると、色々気付いて考えることがある。日々思考しながら自分の感覚から得られた情報を受容する、そうやって新たな気付きを得ることもまた学びだよなって。そんなの当たり前っちゃ当たり前なんですけど、最近強くそれを思う。

お前もnew work/life style with/after COVID19の話かよって言われそうだけど許してね。私はコロナの影響で研修がフルリモートになって、でも当初オンサイト前提で計画していたスコープを全部キープした研修を受けました(受けています)。運営の方々のご尽力のお陰で研修の体験はオンサイトと遜色ないどころか、オンラインだとこんなことがいいよね!って発見も多数ありました。運営側も、これ来年から研修全部オンサイトでやらなくてもよくない?ってなっちゃいそうだねなんて意見も出ていたりして。私も確かにそう思います。

でも、やっぱりオンラインだと何か足りないって思うこともあって。この「何か足りない」というふわっとした不満って、実は大きな気付きの入り口だったりするんですよね。「何か足りない」の「何か」って何? リアルタイムで顔が見られる、声が聞ける、同じコンテンツを体験しているという事実を共有している。確かに体は離れているけど、オンサイトにいたって体が触れ合うことはめったにない。だからオンサイトと同じ感覚を持っていてもおかしくないはずなのに、何か違う。何か足りない。それはどうして? それを解明できたら、解決のアプローチが取れるから、現状を改革できるよね。

結局この「何か」って何?っていう答えはまだ出ていないんだけどね。

あと、「研修やWSはオンラインでも成立する」ということが分かった時に、じゃあオンサイトじゃないとできないことって何だろう?っていう疑問が浮上するよね。五感に訴えかけるものとか、空気を共有するものとか、そういうものはオンサイトじゃなきゃできない。じゃあ、これからはせっかくオンサイトでやるならそういうコンテンツを中心にしましょうみたいになるかもしれない。

空気って言葉が今出てきたけど、オンラインMTGなんかだと「空気が読めない」「空気感がわからない」なんて声が出たりする。そうすると「じゃあそもそも空気って何?」「そもそも空気って読む必要ある?」っていう問題提起ができる。

こんな風に、感度が高いと現状に対して気付きや疑問を抱くことができるし、常に考えることをやめなければそれに対して更に深堀りする問いを投げかけることができる。そうすれば現状をアップデートするアイデアやソリューション(笑)が出てくる。身の回りの小さな世界を変革していくくらいのことは案外誰でもできたりするのかなって思います。

それこそがLearn as Breatheなのかなって思います。いや、Think as Breatheなのかな。でもThinkとLearnって紙一重なところもあるから、いいよね?

 

そういうことを最近考えていました。以上です。

気付けばもう1カ月もブログを書いていませんでした。

しかも直近の記事は妄想しか書いてないし。どういう心境だよ。暇かよ。

人間は忘れる生き物なのでこの1カ月のことを少し書いておきたいと思いますん。

 

まず直近の妄想記事を書いて1週間もしないうちに会社支給のPCとiPhoneと超大量の研修資料(仮にもIT企業なのになんで紙とか送ってくんの?)が送られてきて、晴れてバーチャル集合研修が始まりました。

会社概要、IT基礎(基礎って言うからめちゃくちゃなめてかかってたらコンテナの話とかされて普通にわかんなくて死んでしまった)、ワークマネジメント(これは自分は超下手です)、ロジカルシンキングや課題解決ケースワーク、業務分析、PM、システム開発基礎…などなど。

研修はまあまあ疲れるけど、きついとはそんなに思わないです。情報量多いけどゴールから逆算したら妥当だと思うし、下流工程に携わらない職種でも技術的なところの知識は持ってなきゃいけないと思うし。詰められたりしないし。実際に働くのを戦場で戦うこととしたら、この研修なんて温室でラジオ体操してるようなものだと思う。

だから全然きつくはないんだけどとにかくめちゃくちゃ疲れています。なんでかわからないんだけど非常に体力を吸われます。もうとにかく体が動かない。GWはずっと寝てました。研修、厳しくなんかないのに変なの。

会社の人はみんな好きだなと思います。たまに何考えてるのかわかんなくて怖い人とかいるけど、だいたいみんないい人。先輩も優しい。

私は自分の会社が好きです。

 

それを思うにつけ、思い出すのは前職のことです。何もわからなかった私に一から丁寧に研修してくれて、頑張って仕事を覚えて出来るようになったら、信頼して任せてくれて。

最後の日のことを一生忘れられないと思います。

朝。空気が止まってるんじゃないかってくらい静かなエレベーターホールで、推しと二人でエレベーターに乗ったこと。

厳しかった推しが、「本当によく頑張ったと思うよ」とほめてくれたこと。

かわいがってくれた先輩がくれたLINEの中の「楽しかったよ!」の7文字。

今こうしてブログを書きながらも、窓の外を見れば、オフィスが見える。かつてそこにあったもののすべてが今もうここにはない、すべて過ぎ去ってしまったものです。苦しい。

あの時間、それを愛していたこと、それを失った悲しさ、そういうものが全てどんどんくなっていくのが手に取るようにわかる。私一人がぽっかりと空いた穴を抱えて取り残されている。

 

苦しい。

 

本当に支離滅裂でオチもないエントリになってしまった。思考がまとまらないんですよね。もしかしたらやっぱり疲れているのかもしれない。また嘘をついちゃった。

火曜2限 ※すべて妄想です

いつも通りの2限出勤。火曜2限は印刷メディア。今日はよく晴れていてぽかぽかと暖かく、春らしいとても良いお天気だったのでお気に入りのワンピースを着ていきました。明るい水色で、上半身はぴったりと体のラインに吸い付いてスカートがふんわりと膝まで広がるもの。ノースリーブなのでレモンイエローの少し厚手のカーディガンを合わせます。「輪るピングドラム」のヒロイン高倉陽毬のお決まりの服であるところの青いスカートに雰囲気が似ているので、私はこれをひっそりと「陽毬ちゃんコーデ」と名付けています。

鞄は先日バイト代をはたいて買ったもので、COACHの合皮のトートバッグ。グレージュという優しい色合いながら控えめなスタッズがついていて気に入っています。

印刷メディアの授業中に考えを巡らせるのは、もっぱら活版印刷の発達とともに変化した人々の「本」という実体に対する意識の変化――ではなく、その日のお昼ご飯であることは言うまでもありません。お昼に何を食べようか考えているだけで時間がどんどん過ぎてゆきます。生協で病院食を食べるか、外に食べに行くか、コンビニで適当に買ってpreciousで食べるか。カフェテリアで食べるという選択肢も私は好きです。カフェテリアは値段がそこそこ高いので、コストパフォーマンスの評価は人によって分かれますね。

結局悩んでいるうちに数独ソリティアに興じてしまい、授業が終わってしまったので途方に暮れてしまいます。なんということでしょう。昼飯の内容が決まらないまま昼休みの中庭に放り出された私は、さながら暗くて広い宇宙にたった一人で漂っている衛星の欠片のような心細さを感じました。

そこで突然、脳天に雷が落ちたような衝撃が走ります。そうだ、オムカレー行こう!オムカレーとは私が愛してやまない、三田で一番愛したランチスポット、ないしはそこのメニューを指します。オム・カレー。シンプルながら美味しく、他では絶対に食べられない味。小さめに切った具がとろとろになるまで煮込まれた甘口のさらりとしたカレーと、シルクのように滑らかなオム。その美しさは楊貴妃と並ぶとまで称えられ、その美味しさはさながら大麻のようであると噂されます。つまり、論理的に考えて、昼食のメニューが決まらないというのはありえないのです。三田ではオムカレーを食べると生まれたときから決まっているのです。

”気づき”を得た私はオムカレーを食べに行き、うまさのあまり昇天しまったのでした。

おしまい。

 

3月29日

2階のエレベーターホールで一人でエレベーターを待っていたら、推しが来て、「おはようございます」と挨拶だけ交わして二人きりで執務室のあるフロアまで昇りました。

そんなことってある?

別々の経路で示し合わせもせずに出勤している推しとエレベーターかち合うって奇跡ですよ。推しは業務開始が9時じゃないこともあるし、出勤途中のどこかで顔を合わせたらその日はとても運がいいってレベル。まして二人きりなんて今までただの一度だってなかった。

神様が最後にいい思いをさせてくれたのかもしれませんね。

そんなこの日は、1年半勤めたこの会社の最終出勤日でした。

 

先月くらいから指折り数えて恐れていた日がとうとう来てしまいました。昨日、皆の前で推しから花束を、仲良かった上司からプレゼントを手渡されました。

最終日の今日は残念ながらその仲良かった上司はお休みだったのですが、推しと、一番優しい上司Kさんと、いつも穏やかでかわいい上司Yさんがいて、一番かわいがってくれた先輩たちがいました。最後の日が今日でよかったな、と思いました。

私は1月から3月まででこの実績を作る、と決めていた目標があったのですが、Kさんに確認してもらったらそれを余裕を持ってクリアしていたので嬉しかったです。

そういえば昼休みに寝ていたら偶然少し後ろの席にKさんがいました。はじめて休憩中に話しかけて、ちょっと話した。もう次の日から会うことなんてないのに、また明日があるような感じでなんてことない話をして不思議だなと思った。これも今までにない偶然でしたね。最後の日にこんな偶然が重なるなんて不思議。

いつもみたいに終業時刻ぎりぎりまで仕事して、片づけをしていたら離れた席に座っていたYさんがきて、Yさんに挨拶しようとした時に決壊して大泣きしてしまった。

それから、推しに挨拶しました。推しが「よく頑張っていたと思うよ。研修の飲み込みも早かったし、数字も一番だったし。本当にお疲れ様でした」って言ってくれて、今ここで死んでしまえたらどんなに良いだろうな、と思いました。

それから後のことは、よく覚えていません。でも、一度も話したこともないような違うチームのお局さんたちが、お疲れさま、と言ってくれて、嬉しかった。学生ということもあって悪口言ってくるお局もいたけど、こうして認めてくれる人がいたんだって最後の日にやっとわかる。

 

苦しい。

 

 

ウェブで応募してから初めて電話をくれたのは推しでした。本当はインバウンドチームに応募していたのですがそこの人数がちょうど埋まってしまっていて、でもアウトバウンドのチームが人数が足りないから来ないか、っていう。

ぜひ、と答えるとさっそく面接の日程を組んでくれて、ミーティングルームで面接して。推しと、五島さん、それから研修チームの社員さんがいました。

採用の連絡をくれたのも推しだったなあ。

 

入社してからの私は研修の覚えがいいことで有名になったけど、おばさんばかりの職場は最初どこに身を置いたらいいのかわからないような戸惑いもあった。でも初期研修を終えて部署の研修に入ると、部署の先輩みんなが下の名前で呼んでくれて、結局試用期間を終える頃にはバイトが大好きになっていた。

 

仕事を覚えて初めての挫折は3月頭。ハードクレームに引っかかって散々怒られて電話切って大泣き。その時フォローしてくれたのがRさんと推しと五島さんと珠さんだった。

みんながフォローしてくれて、でも推しは慰めるだけじゃなくて助言をくれて。

誰かの隣にいるなら先輩のようになりたいと思ったし、上に立つなら推しのような人になりたいと思った。そして、一オペレーターとして二度と同じ失敗をしないと誓った。

その月から私は実績の一番を今日まで誰にも譲らなかった。

 

推しは無愛想で冷たかったけど、たまに、ものすごい量の仕事を言いつけて、私が爆速で終わらせると「え、もう終わったの。流石だね」と言ってくれるのが好きだった。

五島さんは推しと少し似ていて、私のことをとてもかわいがってくれて、よく冗談みたいな会話をした。五島さんと話すのが好きだった。

上原さんは一番優しかった。バレエの疲れや偏頭痛で体調が悪い時に、気付いてくれるのは上原さんだった。体調悪いですか?無理しないでいいですからね、って。面白いのが、上原さんがそう言ってくれる日に限ってとっても忙しかったことね。結局私も上原さんも休まずゴリゴリに仕事してやっと退勤、ってなる日だったな。

 

 

ほんとにこの会社が大好きでした。同じ部署の人は全員私よりずっと年上だったけど、仲良くしてくれて、かわいがってくれて、ありがたかったなあ。社員さんもみんなかわいがってくれて。私が実績を出し始めてからは、信頼もしてくれて。

同じような毎日の繰り返し、同じような仕事をずっと何件も処理していくようなそういう職種だったけど、同じ日は一日もなくて、どの日も二度とない大切な日だった。すべてが大切で愛おしかった。大好きだった。

もうこんなに恵まれた環境なんて二度と出会えないかもしれないけど、それでも仕方ないと思えるくらい幸せな1年半でした。

仕事も周りの人も大好きだった。1年半なんてあまりに短かった。もっともっと数字を出して貢献できるようになりたかった。

 

クレームにかかった時の2倍は泣いた。どれだけ泣いても悲しかった。今まで生きてきた中でこれより苦しいことなんてなかった、と思う。

悲しくて苦しくてこのまま死んでしまいたいと思った。どうして時間は流れるんだろう、こんなにもこの場所を愛おしく思っても、時間が流れていくんだろう。

どうして、

終わってほしくないものばかり、終わってしまうんだろう。

もうこんな思いをするくらいなら誰も何も好きになりたくない、嫌な職場だったらどんなに良かったのにと思うけど、それでも、出会えてよかったと思うのをやめられない。

それがどうしようもなく苦しかった。

 

数日経った今、目が覚めた瞬間に涙が溢れるような悲しみは過ぎた。きっと私はあの会社のない毎日をゆっくりと受け入れていくんだと思う。そうやって生きてきた。生きていく。

 

見慣れた執務室も、毎朝唱和したコールセンターミッションも、休憩室の風景も、先輩たちの顔も、私がそこにいたことも、

そこで努力して、信頼を得たことも

こんなの嘘なんじゃないかってくらい、周りのみんなに愛して大切にしてもらえたことも

その場所を、人を、私が焦がれるほど愛していたことも

きっと忘れない。もうあの場所と出会う前の私には戻れない。だから、私が死ぬまで、あの場所は私の中にずっとある。

 

それは苦しいけれど、きっと悲しいことなんかじゃない。

 

寂しいと思えないことの寂しさ

 

かの有名な『妖狐×僕SS』の作者藤原ここあ先生の短編集『お嬢様と妖怪執事』の最後の作品「私は」が初めて読んだ10年前からずっと大好きで、今回のタイトルはラストの一幕のモノローグから。

「私は」の主人公は高校三年生。写真を撮るのが好きな大人びた少女なんですが、その趣味に対する気持ちを誰とも分かち会えないこともあって同級生とはどこか距離を感じている。友達はそれなりにいるけれども、一番大切なものを分かち合えない友達を近くに感じられず、別れを寂しいと思えない。

そんな虚しさを抱えながら卒業します。その日ただ一人だけ自分の世界を共有できる相手と思っている写真館の気難しい主人に「私そんなだから、空虚なんですよね」と零すと、彼は数は少ないけれども丁寧な言葉でその痛みを掬い取る。

「好きなものを分かち合えない淋しさに一生苦しむかもしれない、だけど君は出会ったんだ、それほど好きなものに」

「分かち難いほどの気持ちに」

こんな言葉で彼女を肯定してくれる人は彼だけだったのです。写真館の主人とはもう会うことはないのですが、彼女はこれからも写真を撮り続けるのでしょう。

誰とも交われないからこそ表現できる世界がある。それは紛れもない彼女の世界。

だとすれば、それは虚しいことなんかじゃない。

 

この話をどうしてそんなに好きかというと、私もまた同級生との別れを寂しいと思えない人だったんですよね。

友達は、多くはないけれどいました(ありがたい)。学校生活が楽しくないわけじゃなかった。

でも、幼稚園卒園も、小学校卒業も、高校卒業も、あまり寂しく思えなかった。別れを惜しむことができなかった。

一緒にいた友達やクラスメイトに別れがたいほど切実に縋ることができなかった。自分の世界に友達を入れていなかったんですよね。

そんな自分を恥ずかしく思っていたし、彼女の言葉通り「虚しい」と思っていました。だから、「私は」の主人公に自分を重ねて救われていたんですよね。

 

高校卒業から早いもので4年経ち、今日大学の卒業式(だった日)を迎えました。

4年間色々なことがありました。

1年目はキャンパスがとにかく遠く、生きるので精一杯で、記憶もないし思い出もありません。2年目は都内のキャンパスになったことで少し余裕ができ、専攻の友達なんかもできました。

3年目からは専攻の勉強がより専門的で面白くなり専攻の友達や他専攻の友達とも本格的に仲良くなっていよいよ楽しかったです。

4年目はそれまでに得られた友達ととにかくたくさん遊びました。忙しかったけど旅行行ったり出かけたりとにかく色々。

そういうのが詰まった大学生活は本当に楽しかった。もう大学生活が終わりで、こんな事もう二度と出来ないと思うと、こんなに友達に会えることなんてもうないと思うと、たまらなく寂しいです。

だから、私はこの4年でちゃんと人と関われたんだなって思います。

寂しいと思えない寂しさがあることは悪いことじゃない。けど、寂しいと思えることはやっぱり尊いことなんです。寂しいと思わせてくれた友人のみんな、ありがとう。